申請書にハンコの欄が3つ並んでいる会社で、真ん中の人が出張に出たとします。その申請書は、今どこにあるでしょうか。たいていは、その人の机の上の書類入れです。紙の承認がいちばん困るのは、止まっている場所が、止めている人の机の上にしか無いことです。申請した人からは見えません。
承認をシステムやクラウドのサービスに移すと、この「どこで止まっているか」が申請した人にも見えるようになります。ただ、今の紙の流れをそのまま画面に写すと、紙の時の無駄まで一緒に移ります。移す前にやることを、順に書きます。
今の承認の流れを書き出す
最初にやるのは、道具選びではなく、書き出しです。申請の種類ごとに、誰が出して、誰がどの順番で見て、最後にどこへ行くのかを表にします。
| 申請の種類 | 出す人 | 見る人と順番 | 条件で変わること | 最後に行く所 |
|---|---|---|---|---|
| 休暇申請 | 全社員 | 所属の責任者 | 連続何日以上なら社長も | 勤怠の担当 |
| 経費精算 | 立て替えた人 | 所属の責任者、経理 | 金額が一定以上なら社長も | 経理の支払い |
| 稟議 | 起案する人 | 部門長、社長 | 金額や契約の有無で経路が変わる | 起案者に戻る |
表は例です。自分の会社の実際の流れで埋めてください。書き出す時に見るのは、社内規程に書かれた順番より、紙が実際に回っている順番です。規程では課長の次が部長なのに、実際は部長が先に見ている。社長が全部の休暇申請にハンコを押している。こういうずれは、書き出してみないと気づきません。書き出しを経理や総務の担当者だけで済ませず、申請を出す側の社員にも見てもらうと、書類が実際に止まっている場所がはっきりします。
書き出したら、念のため見ているだけの人を探します。押す理由を答えられないハンコは、移す前に外す候補です。紙なら押す人が1人増えても手間はわずかでしたが、システムでは1人増えるごとに通知と待ち時間が増えます。
移す順番と移し先
全部の申請を一度に移す必要はありません。お金が動かない休暇申請から始めると、失敗しても困る人が少なく、社員が新しい申請のやり方に慣れる期間になります。次に経費精算、最後に稟議です。稟議は金額や内容で経路が変わるので、例外の多さで仕組みが複雑になりやすく、最初に手を付けると設定で止まります。
切り替える時期も選びます。経費精算なら、月の締めが終わった直後が区切りやすい時期です。締めの途中で切り替えると、同じ月の精算が紙とシステムに分かれ、経理が両方を突き合わせることになります。休暇申請も、長い休みの申請がまとまって出る時期は避けたほうが無難です。
移し先は、新しく探す前に、今使っているサービスを見てください。勤怠管理のサービスに休暇申請の機能が、会計ソフトに経費精算の機能が付いていることがあります。すでに使っているものに入れるほうが、社員がログインする場所が増えません。入れる前に、後で書く「承認の記録の残り方」、とくに記録をまとめて取り出せるかも確かめておきます。稟議のように決まった機能が無いものは、グループウェアの申請機能や、フォームと表を組み合わせた簡単な仕組みで始める方法もあります。
承認者がいない時
紙の時は、承認者が戻るまで待つか、机に置いておいて後で押してもらうかで、何となく回っていました。システムにすると、決めていないことはそのまま止まります。
申請の種類ごとに、代わりに承認する人と、何日待ったら代わりの人に回すかを決めておきます。休暇申請なら同じ部署の別の責任者、経費精算なら経理の責任者、というように。代わりに承認した時は、その記録が残り、戻った本人が後から見られるようにしておきます。
もう一つ、承認者がスマホから承認できるかも確かめます。出張先から承認できれば、代わりの人に回す場面そのものが減ります。ただ、スマホで承認すると添付の見積書や領収書を小さな画面で済ませがちです。金額の大きい稟議だけはパソコンで見る、といった線を引いておくのも一つの方法です。
差し戻しの扱い
紙の差し戻しは、付箋を貼って本人の机に返すか、口頭で伝えるかでした。理由が残らないので、同じ直しが何度も起きます。
システムでは、差し戻す時に理由を書く欄を必ず埋めるようにします。差し戻された申請が、直した後に最初の承認者からやり直すのか、差し戻した人のところへ直接戻るのかも決めておきます。最初からやり直しにすると、前の承認者がもう一度同じ内容を見ることになります。
差し戻しと却下は分けておきます。直せば通る申請と、そもそも通らない申請が同じ扱いだと、申請した人が何をすればいいか分かりません。
同じ理由の差し戻しが続くなら、申請の画面の側で防げないかを先に見ます。領収書の添付漏れが多いなら添付を必須にする、勘定科目の選び間違いが多いなら選択肢を減らす、といった直し方ができます。
承認の記録の残り方
紙の承認記録は、ハンコの印影と日付です。システムに移すと、誰がいつ承認したかが自動で残ります。移す前に確かめておきたいのは、次の点です。
- 承認した後に申請の中身を直した時、直す前の内容と直した記録が残るか
- 社員が辞めてアカウントを止めた後も、その人が承認した記録を見られるか
- サービスをやめる時に、承認の記録をまとめて取り出せるか
3つ目は見落としやすい所です。サービスを乗り換えた時に過去の稟議が見られなくなると、何年か前の契約の経緯を誰も説明できなくなります。記録の取り出し方は、契約する前に確かめておきます。

経費精算で押さえる電子帳簿保存法
経費精算を移す時は、領収書の保存方法も一緒に決めます。国税庁の電子帳簿等保存制度特設サイトは、電子帳簿保存法を税務関係の帳簿や書類のデータ保存を可能とする法律と説明したうえで、取引の情報を含む電子データをやり取りした場合の保存義務も同じ法律で定められているとしています。
国税庁の電子取引データ保存要件チェックシートでは、メールやクラウドで受け取った請求書、ネット通販で買った商品の請求書や領収書、ネットでしか確認できないクレジットカードの明細などが電子取引の例として挙げられています。社員が立て替えてネットで買った備品の領収書は、ここに入ります。会社がメールで送った請求書も同じで、チェックシートは電子取引を電子データを「受領又は交付」することと定めています。印刷して紙で綴じておけば済む、という扱いではありません。
保存のルールは、国税庁のパンフレットに3つにまとめられています。改ざんを防ぐ措置をとること(専用のシステムを入れずに、事務処理規程を作って運用する方法もあります)、確認するためのディスプレイやプリンタを備えること、日付・金額・取引先で検索できること、です。3つ目には続きがあり、日付や金額の範囲を指定して検索できるか、税務調査でデータのダウンロードを求められた時に応じられるか、のどちらかも必要です。検索は、表計算ソフトで索引簿を作る方法や、日付・金額・取引先の順にファイル名を付けて1つのフォルダに集める方法でもよいとされています。基準期間(個人は2年前、法人は2期前の事業年度)の売上高が5,000万円以下の場合などは、税務調査でデータのダウンロードを求められた時に応じられるようにしておけば、検索の要件は満たさなくてよいとも書かれています。
この3つがすぐにそろわない会社もあるはずです。パンフレットの裏面には猶予措置があり、対応できなかったことに相当の理由があると所轄の税務署長が認め、税務調査でデータのダウンロードと、印刷した書面の提示や提出の両方に応じられるなら、データを保存しておくだけでよいとされています。事前の届出は要らず、人手不足やシステム整備の資金不足も相当の理由に当たると書かれています。どちらの場合も、まず受け取ったデータを消さずに残しておくことが出発点です。
経費精算のサービスを選ぶ時は、この保存に対応しているかを確かめ、足りない部分を社内のルールで補います。紙で受け取った領収書をスキャンして原本を捨てたい場合は、スキャナ保存という別の制度の要件があります。どこまでをデータにするかは、顧問の税理士と相談して決めてください。
移す作業に手が回らない時や、申請ごとに道具がばらばらになりそうな時は、DX推進・伴走支援で、書き出しの段階から一緒に整理しています。



