提案書を作って、商談に持っていきました。一枚ずつ読み合わせながら事実を確認していったところ、こちらが外から立てていた前提が、次々に外れていきました。
いちばん大変だろうと思っていた作業は、もう大変ではありませんでした。逆に、本当にきつい作業は、こちらが一度も想定していない場所にありました。
これは調べ方が甘かったという話ではないと思っています。外から見えるものと、中で起きていることは違う。それ自体が構造です。同じことは、たぶんどの会社でも起きています。
「デジタル化されていないもの」を探すと、外す
外から見えていたのは、紙やファクスのような、いかにも古く見える接点でした。ここが重いのだろうと考えて提案を組み立てていました。実際に聞いてみると、そこはもう主役ではありませんでした。
では何が重かったのか。電話です。
電話で受けた依頼は、その場で紙にメモを取ります。あとでそのメモを見ながら、システムへ手で入力する。入力が済めば、そのメモは捨てられます。つまり紙は、入力までの一時的な置き場でした。
ここに、ほかのどの経路にもない性質があります。紙を捨てた時点で、その依頼があったこと自体が消えます。メールなら転送も検索もできますが、電話にはそれがありません。
記録が残らないのは、紙が無いからではありません。紙を捨てるからです。
しかも、メモを取るのは面倒な作業です。だから、忙しい時ほど取られない。いちばん抜けてほしくない場面で、いちばん抜けやすい形になっています。
ここが効いてくるのは、あとから振り返ろうとした時です。何件受けたのか、どんな依頼が多いのか、どこで取りこぼしたのか。答えようとしても、材料そのものが残っていません。
教訓。探すのは「デジタル化されていない業務」ではなく、「記録が残らない経路」です。この二つはよく似ていますが、前者を探すと、すでに解決済みのものを掘り当てて空振りします。
システムが入っている会社ほど、手作業の発見が遅れる
管理システムは入っていました。日々の業務はその上で回っています。なのに、手作業が残っていました。
なぜか。システムが対応している業務の型と、実務で使われている型がずれていたからです。
具体的には、請求のしかたに型が二つあって、システムはその片方にしか対応していませんでした。そして、この会社の主力業務は対応していない側でした。結果どうなるか。表計算ソフトで作って、PDFにして送る。毎月です。
同じ理由で、法律で作成が決まっている書類も、表計算ソフトで作られていました。
これは、そのシステムが良くないという話ではありません。守備範囲の外側だった、というだけです。どんなシステムにも外側はあります。
ここが厄介なのは、「システムがあるから、そこは大丈夫」と全員が思っていることです。だから、見に行く理由が誰にも無い。システムの守備範囲の外側にだけ、手作業が静かに溜まっていきます。
外から調べる側にとっても、これはいちばん見えにくい形です。導入しているシステムの名前は分かる。そのシステムに何ができるかも分かる。分からないのは、この会社がそれをどこまで使えていないか、です。
教訓。ヒアリングで聞くのは「何ができますか」ではなく「何ができないと言われましたか」。前者の答えは営業資料に載っていて、後者の答えは現場の人の頭のなかにしかありません。
一度お金の理由で諦めたことは、「できないこと」として社内に固定される
さきほどの、表計算ソフトで作っていた書類には、過去にベンダーへ相談した経緯がありました。返ってきた答えは「できない」ではなく「費用がかかる」でした。当時は予算が付かず、そこで止まっています。
数年経って、何が残っているか。「あれはできないもの」という共通認識だけです。費用も、技術も、使えるツールも変わっているのに、結論だけが残ります。
さらに重いのは、一度止まった経験そのものが、次の検討を止めることです。「また途中で止まるくらいなら、最初から考えたくない」。この感覚は、まったく正当だと思います。
教訓。棚卸しの対象に「前に諦めたこと」を明示的に入れてください。そして提案する側は、小さく始めて途中でやめられる形にしておく。やめた時に手元へ何が残るかを先に決めておけば、この壁は低くできます。
一番きついのは、経営者が想像している場所と違う
こちらの想定は「電話が重いとしても、相手はお客様だろう」でした。ここも外れていました。
本当にきついのは、お客様からではなく、働くスタッフからの、当日の欠勤連絡でした。電話が重いという見立ては合っていて、誰からの電話かを見誤っていた、ということです。
それも会社の代表番号ではありません。担当の方の個人の携帯に、直接かかってきます。早朝でも深夜でも鳴る。仕事の時間の外側にあります。
そして、代替手段が構造的に塞がっていました。社内のシステムは、セキュリティ上そうしてあるので社外からは見られない。ショートメールは緊急連絡先に登録された人にしか届かず、その日出ている人全員では共有できない。
逃げ道がないから、電話が残っていました。
つまりこれは、担当の方の工夫が足りないという話ではありません。設計の問題です。
ひとつ付け加えると、こちらはこの話を、商談の場で初めて聞きました。事前に調べた範囲には一行も出てきていません。本当に重い作業ほど言語化されていないので、外から見えるところには置かれていないのだと思います。
教訓。「困っていることはありますか」と聞くと、業務の説明が返ってきます。「やめたいことはありますか」と聞くと、本音が返ってきます。質問を変えるだけで出てきます。
効果を語る軸を間違えると、正しい提案でも刺さらない
「事務作業が減れば、残業が減ります」。こちらが用意していた説明です。成立しませんでした。その会社の事務所は、もともと残業がほぼ無かったからです。残業は現場の側で発生していて、事務の効率化ではびくとも動きません。では、何が効果として数えられていたか。同じ人を別の仕事に回せること、そして辞める人が減ることでした。同じ提案なのに、語る軸を変えただけで反応が変わります。中身は一つも変えていません。
教訓。提案を作る前に「その会社では、何が効果として数えられているか」を確認してください。残業代なのか、人の配置なのか、売上なのか、離職率なのか、間違いの少なさなのか。会社によって違います。汎用の効果指標を持ち込むと、正しい提案が「うちには関係ない話」になります。
属人化は、「引き継ぎ」では解けない
ここまでは、どこに手を付けるかを見つける話でした。ここからは、見つけたあとに何を作るのかを書きます。相談の場でいちばん重かったものから順に。
現場を回している担当者は、その人にしか無い知識を持っています。拠点ごとの段取り。取引先ごとの注意点。うまくいかない時に、誰へ何を言えばいいか。どれも、どこにも書かれていません。書く機会が無いからです。毎日使っている本人にとっては当たり前で、わざわざ記録する理由がありません。
実は、その人の頭の中にしかないものがある。
では「ちゃんと引き継いでおいて」で解けるかというと、解けません。理由は二つあります。
ひとつは時間です。期間の定めのない雇用なら、法律上、退職は申し出から二週間で成立します。有給が残っていれば、実際に出てくる日はもっと短くなります。その中で渡しきれる量ではありません。
もうひとつは、渡した後に起きることです。引き継いだつもりでも、実際にはこうなります。
引き継ぎしたところで「あれ、これどうだったっけ」となって、結局その人に電話する。
つまり引き継ぎは、知識の移動ではなく、連絡先の移動になっています。辞めた人が親切な間しか動きません。しかも新しい人が入るたびに、同じ説明を最初からやり直します。説明する側の負担が大きいほど、聞く側も聞きづらくなります。聞かないまま現場に出て、分からないまま時間が過ぎて、そして続かない。
「社内のチャットに書いてある」も、同じ理由で効きません。答えは確かに書かれていますが、書いたそばから流れていきます。後から探しても見つからないので、同じ質問がまた出ます。情報が無いのではありません。聞ける形になっていないだけです。
教訓。属人化は人の問題ではなく、置き場の問題です。
その人が居なくても、答えが返る状態にする
やることは単純です。社内に散らばっている情報を一か所に集めて、いつも使っているチャットからそのまま聞ける状態にします。集めるものは、すでに社内にあるものだけです。
- これまでのチャットのやり取り
- すでにある手順書やマニュアル(文書でも、PDFでも、紙なら写真で構いません)
- 拠点ごと・取引先ごとの資料や、過去のやり取り
- 問い合わせへの回答や、以前に一度だけ作った説明
使い方は、チャットでいつも通り聞くだけです。「この拠点はどこから入るのか」「この取引先で気をつけることは何か」「備品の貸し出しはどう決まっているか」。その人が居なくても、答えが返ってきます。
ここでいちばん大事なのは、答えの出し方です。答えには必ず、どこに書いてあったかのリンクが付きます。AIは、そうでないことをそうだと言ってしまうことがあります。だから、集めた資料の中にある内容だけで答える、という作り方にします。根拠が無いことは答えない。根拠のリンクが付かない答えは、出しません。
「資料を入れれば答えてくれるサービスは、もうあるのでは」と思われるかもしれません。そのとおりで、試すだけならそれで十分です。ただ、日々の業務に載せる段になると二つ足りません。ひとつは、いつも使っているチャットから聞けないこと。社内でいちばん人が居る場所で聞けないと、そのために別のツールを開くという一手間が残り、結局使われなくなります。もうひとつは、やり取りを自動で取り込み続けられないことです。手で上げ直す運用は、上げる人が居なくなった時点で止まります。属人化を解こうとして、別の属人化を作ることになります。
だから、ゼロから作るのはチャットに常駐する部分だけです。中身は、すでに社内にある資料です。同じ仕組みで、拠点ごとの一枚まとめを自動で作っておくこともできます。担当者が変わっても、現場に入る前にそれを見れば分かる状態にしておく。初めてその現場に行く人へは、行き先が決まった時点で案内を自動で作って本人へ送ります。持ち物、服装、集合の時間と場所、当日の流れ、分からない時は誰に聞くか。現場がいちばん忙しい時間帯に飛んでくる「すみません、これどうしたらいいですか」を、その分だけ減らせます。
同じ話を、進め方の側から書いたものもあります。社内の「あの人しか分からない」をなくすナレッジ管理入門もあわせてどうぞ。
自動化の前に——チャット型のAIと、AIエージェントは別物
ここからは自動化の話です。ただ、その前に言葉の説明を一つだけさせてください。ここを飛ばすと、この先が全部ぼやけます。
多くの方が「AI」と聞いて思い浮かべるのは、聞いたら答えてくれるものだと思います。文章を書いてもらう、要約してもらう、相談する。業務に入れるのは、そちらではありません。AIエージェントと呼ばれる方です。違いは三つあります。
- きっかけ。チャット型はこちらが聞いた時だけ動きます。エージェントは、決めておいた合図で自分から動きだします
- 範囲。チャット型は一回のやり取りで終わります。エージェントは、こちらが見ていない間も手順を順に進めます
- 判断。チャット型は聞かれたことに答えます。エージェントは、途中の結果を見て次の行動を変えます
一言でいうと、聞かなければ何もしないのがチャット型、聞かなくても進むのがエージェントです。
当社は、これを自分の会社で動かしています。外から仕入れてきた話ではありません。たとえばメールは、届いたものをエージェントが読み、お断りの返信は自分で返します。検討したいものには「今すぐ返せないので、改めて連絡します」と返しておきます。継続してお付き合いのあるお客様には、下書きだけ作って、送信は人がやります。経理もそうで、領収書とカードの明細と口座の残高を集めて、経理の担当者と直接やり取りします。
使い続けて、失敗した事例を積み上げ、同じ失敗をくり返さないためのルールにしてきました。うまくいった話だけを持ってきているわけではありません。
連絡も書類も、人がやらなくていいところまでは自動で進む
ここから挙げるのは、相談の場でくり返し出会う形であって、どこか特定の会社の運用そのものではありません。具体的にどこが自動になるのか、二つ書きます。ひとつめは、人を集める連絡です。
いま起きていることは、こうです。名簿を見て電話をかける。出ない。次にかける。返事を手元に控える。何人集まったかを数えながら、これを必要な数が埋まるまで続けます。入れると、こうなります。
- 条件に合う人を、来てくれる可能性が高い順に並べる
- 上から順に、ひとりずつ連絡する(相手が返しやすい経路で)
- 必要な人数に届いた瞬間、連絡が自動で止まる
- 担当者のチャットには、残りが何名かだけが届く
この間、担当者は別の仕事をしています。電話をかけ続ける時間が、まるごと空きます。
「全員へ一斉に送ればいいのでは」と思われるかもしれませんが、逆の結果になります。一斉配信は、全員に届くぶん、全員にとって他人事になります。上から順の個別連絡は「自分に来た」という形になるので、返ってくる割合が上がります。そして、集めすぎません。必要な数で止まるので、来てもらったのに仕事が無い、といういちばん信用に関わる事故が起きません。
ふたつめは、書類です。日々の記録がそろっていれば、月末を待たずに、請求の下書きはもう組み上がっています。一から作る作業が消えます。前の月と金額が大きく違うものには、自動で印が付きます。法律で作成が決まっている書類も、必要なデータがあれば下書きまでは自動で作れます。さきほど、システムの守備範囲の外側で表計算ソフトに溜まっていたものです。
教訓。自動化の対象は「難しい仕事」ではありません。同じ手順を毎回くり返している仕事です。難しい判断は、人が持ったままで構いません。
ただし、決めるのは必ず人
ここまで自動化の話を書いてきましたが、線を引いておきます。作るところまでが自動で、確認と送付は人がやります。流れはこうです。AIが下書きを作る。担当者が確認する。責任者が承認する。そのうえで外へ出す。書類なら先方へ送る、案内なら現場へ渡す、ということです。
この流れは、あとから足すものではなく、最初から仕組みに組み込みます。理由は一つです。AIは、そうでないことをそうだと言ってしまうことがあるからです。「AIが作ったのだから正しいはず」という運用には絶対にしません。人が見ないまま外へ出る経路を、最初から作らないという意味です。
とくに、お金に関わる書類と、法律で作成が決まっている書類は、人の確認を飛ばせません。
逆に言えば、人が確認する場所を決めておけば、その手前は思い切って自動にできます。どこを人が持つかを先に決めるほど、自動にできる範囲は広がります。
だから、作る前に業務の棚卸しをする
外から立てた仮説は、一度の読み合わせでいくつも覆りました。ホームページに書いてある情報は、更新されていないことがあります。さきほど書いたとおり、重い作業ほど外からは見えません。
だから当社は、いきなり作りません。まず、今の業務を見せていただくところから始めます。どこに記録が残っていないか。システムの守備範囲の外側に何が溜まっているか。その人しか知らないことが何か。前に何を諦めたか。それを並べて、初めて「どこから手を付けるか」が決まります。
順番が逆になると、正しく作ったものが使われない、という一番もったいない形になります。
その上で、お約束していることが三つあります。
- 今ある仕事を、いきなり置き換えません
- 自動化したあとも、必ず人が確認する形を残します
- 効果は、測ってから言います
まずは、今やっている業務を見せていただくところから。何を作るかは、そのあとで決めます。話を聞くだけでも構いません。



